自分の家のあたりの住宅地を毎日のように歩いていて、これはどうにも不可解な風景だと思ったことはないか。門のことである。何故あんなものが要るのだろうか。道路からギリギリのところに門があれば、扉は中に向かって開けるが、玄関の戸は外開きだから、両方開けると二つの戸が当たるかと思われる程に近い。敷地は目いっぱい有効に使って家を建てたいから、玄関の前に無駄な土地を残したくないのは分かる。玄関が道路に接近している方が便利でもある。これは当然ながら賢明な選択であろう。そこまで考えているのに、何故、わざわざ不便になることしかない門を造るかが不可解なのである。門を付ければそこに郵便受けの箱を取り付けなければならぬ。門扉ではなく、その脇の塀に郵便受けの口が付いていたりするのが通例だが、要りもしない門を造ったが故の阿呆なしつらえというよりない。毎朝、新聞を取りに外へ出ることになる。雨の日はどうか。小雨程度ならサッと出てサッと入ればさして濡れはしないが、烈しい雨だと僅かの時間だが傘をさす。雨の日に大雨が予想される日は、新聞屋さんは新聞をポリ袋に入れて投函する。ご親切にありがとうございますだが、郵便受け口の金物の造りようにも、もっと工夫があってよい。郵便ポストの投函口には僅かな庇が付いていて、あれだけで雨の日も中に雨水が入らないらしい。あれを郵便受け口の金物に付加すれば、新聞屋さんのご親切を無駄な浪費にすることができるではないか。エコロジーは小さな工夫を積み上げることで得られる。それよりも、門をやめてしまう方が簡単だ。郵便受けは玄関の戸の脇の壁に付ける。玄関ドアに取り付ける手もある。これなら雨でも濡れることは全くないし、取りに外に出ることもない。少し長く留守にしたとしても、新聞屋さんに配達を断る必要もない。玄関の中に新聞の山ができるだけのことだ。