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客観的分析に値するものとは言えない

「正直、ファッションなんてテーマは、突っ込んだ客観的分析に値するものとは言えないね。そんなことより、エディター自身が気に入ったコレクションの報告だけにとどめて、ほかは無視しちゃうってことが大事なんだ。今シーズン出来が悪かったデザイナーも、好意的な記事が出なかったことで、次回頑張ろうという気になるから。実際、それほど金のないデザイナーが多いから、プレスに叩かれたら致命傷になりかねないんだ。そういう例はいくつも見てきたから、うちとしては、適度にユーモアを交えながらコレクションを眺めるよう、常に心がけているわけさ。ポンドに、そんなに真剣になる必要なんかないんだってば」。でも、車やコンピュータ・ソフトウェアのように「商品」として考えた場合、ファッションにももっと率直で厳しい批判が下されることがあっていいのでは?もちろんです、とフリーマン博士が頷く。「アートであろうと商業であろうと、肯定・否定双方の批評を受け入れるべきです」。鋭くも建設的な批判に耳を傾け、ありかたく受け入れてこそ、企業も業界も向上していけるはずなのに。さらに、評価を受けずにいるのは、服だけではない。ファッション業界やファッションなる実体そのものに批判の目を向ける者もいないのだ。アパレル会社の中にはいかがわしい倫理や慣習を持つところもあるのに、ファッションレポーターたちは切り込んでいけずにいる。何も考えずにファッショントレンドに従う大衆、ラグジュアリー商品に付けられた法外な値段−そういうものを黙認しているわけだ。そろそろファッションというもの全体について評価を試みてもいい頃なのに、あえてそうする者はほとんどいない。せいぜい、可愛い程度の批判ばかり。みんな、自宅にいる時のように周囲を気にしなくていい場合にはムカつく服の数々をとことん切りまくるくせに、ファッションそのものに否定的判断を下すとなると尻込みしてしまうのだ。ペイオラ時代のラジオのように、ファッションメディアにもバイアスがかかる可能性はある。エディターがデザイナーから「下心のない」豪華プレゼント攻めに遭うのは、業界内ではよく知られたこと。